2007年11月02日

ヤン・ウォルカース氏死亡



五右衛門の持っていたビデオコレクションの中には、オランダの映画がありました。どの国でも、自国映画は作られているとは思いますが、オランダ映画がどんなものか分からないまま見たために・・・?、かなり驚いた作品を見ました。


そう、若かれし頃の自分を作品にしたといわれている「危険な愛」(邦題・・・原題はTurkse Fruit)です。


この映画の元となった小説を書いたのが、ヤン・ウォルカース氏。

そのヤン・ウォルカース氏が先日お亡くなりになりました。

ヤン・ウォルカース氏はオランダでは重要な作家です。多くのオランダ人の家庭には、彼の作品が少なくとも1つはあると思われます。



ウォルカース氏は作家でもありますが、画家でもあり彫刻家でもあります。

出身はアムステルダムで、11人兄弟の3番目。第二次世界大戦後、父親は食料品店を営んでいたとか。自身は勉強をしたかったようですが、店を手伝わなければいけなかったとか。それでもライデン大学のラボでの動物の飼育係などをしたり、庭の手入れや風景を描いていたようです。

戦後すぐにパリに行き、1947年にはマリア・デ・ローというかたと結婚。3人の子供をもうけます。が・・・2番目の子供を水の事故でなくしてしまいます。そのことを1963年に作品としました。(Een roos van vlees/A rose of flesh)

その後1958年に、フランスにてアネマリー・ナウタさんと結婚。そしてこの時期に「危険な愛」が出来始めました。本の主人公のオルガは、妻であると言われています。そして妻の死は、「危険な愛」(1969年)にも出てきます。

1963年に、17歳のカリナ・フルニーレプ(Karina Grnirrep)さんと出会い、1980年にテッスル島に移り、1981年に結婚。その後双子をもうけます。

2002と2003年には、五右衛門だけではなく皆が好きだった「ヤン・ウォルカースの裏庭」と言う番組が放送されました。実際にそれは、ウォルカース氏の庭で撮影がされたようです。


1960年代のオランダは、精神革命の時代です。古い習慣や考え方から、精神的に開放していこうという動きがありました。その動きと連動してか、「危険な愛」では性を赤ららと写実しています。

そして映画での主役には、オルガ役にはモニク・ヴァン・デヴェンさんが、エリック役にはルトガー・ハウアーさんが、そして監督は・・・最近は邦題「ブラックブック」のパウル・ヴェアフーヴェン氏があたりました。


新しい時代を切り開き、晩年までも作品を執筆されていた感じのウォルカース氏。

オランダ人にとっては、「まだ時代が終わった」のではないでしょうか。



2007年10月19日死亡、10月24日埋葬

 

映画「危険な愛」
・・・楽天で比較できます〜。


 
posted by ニコラ at 08:29 | Comment(2) | TrackBack(0) | オランダ
この記事へのコメント
全然知らない方ですが、オランダの精神文化の変革に寄与した方だったのでしょうね
日本流ですが ご冥福を祈り申し上げます 合掌
Posted by root at 2007年11月02日 21:53


rootさま
この方に感銘を受けたオランダ人は、多いと思います。時代に影響を受けたのか、時代に影響を与えたのか・・・その辺は私には分かりませんが、オランダにとってはとても大切な作家です。
Posted by ニコラ at 2007年11月04日 05:11


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