2006年07月19日

レバノン



連日のイスラエルのレバノン攻撃のニュースは、日本でも放送されていると思います。今日7月18日の早朝には、レバノンから救出されたオランダ人達が、200名強ほどアイントホーフェンに到着をしました。

昨日の特集では、この中には今回が3回目の救出と言う方もいるとか。ご主人の仕事柄、イスラエル・パレスチナ・レバノン・シリア・・・この地域に駐在をしているためだそうですが、お子さん達がちょっと気の毒になりました。

レバノンと言えば、16年もの間戦争があり、やっとそれも終わって「だいぶ」平和になってきたな〜というこの時期に、再度緊張が走ってしまいました。レバノンから帰国した人たちは、レバノンに残っている友人達や、仕事仲間のことを、とても心配していたのが印象に残りました。

そのレバノンと切っても切れない関係の団体が存在し、オランダはその一端を担っていました。今もその団体はレバノンに残っていますが、オランダ人たちは全て帰国しています。

それは・・・私も五右衛門の仕事をし始めて、初めて知ったものです。大学受験のために、世界史を専攻したけれど、やっぱり中東関係はとっても入り組んでいて、なかなか100%理解は出来ないのです。だから、この名前を聞いてはいても、覚えていなかったのか・・・?とも思いますが・・・

国連レバノン暫定軍・・・通称UNIFIL(ユニフィル)といいます。

市民戦争中の1978年に、国連安全保障委員会が425・426条をもとに、南レバノンに軍を派遣することが決定されたようです。そしてオランダが関与をしたのは、1979年2月25日から1985年11月6日まで。合計8,675名が派遣され、9名の方が殉死をされたようです。


最初はダッチバットと呼ばれる400〜800名での1隊単位がが派遣をされましたが、ダッチコーイと呼ばれる100〜150名での1隊単位が派遣されるようになりました。

そして皆さんは、国連軍の象徴である「ブルーベレー」をかぶっていました。



五右衛門は、仕事発注者であるオランダUNIFILの方たちのことを、「物凄い経験をした人たち」だと表現をしました。最初は何も分からなかった私ですが、五右衛門が仕上げる会報を見ていて、「ひょっとして、戦争と関係があるのか・・・」と思い始めました。

そして昨年、2005年5月5日の開放記念日。この年はベアトリクス女王の父君であるプリンス・ベルナードが他界されてから最初の開放記念日でした。

通常開放記念日には、ワーゲニンゲンという場所にて、「デフィレ」が行われますが、開催するのはプリンス・ベルナードでした。しかし他界をされてしまったので、昨年はウィレム・アレキサンダー皇太子が開催をし、「60年を記念し、最後に」と言うことでした。


そしてオランダUNIFILも、昨年はデフィレに参加をしました。朝8時ごろの電車に乗り、カメラマンとして参加をした五右衛門です。デフィレが始まるのは、午後2時とか3時とかだったと思いますが、それまでの間、リハーサルとか、打ち合わせとか、色々あったようです。もちろん五右衛門が撮った写真は、会報にも載せましたし、その記事も載りました。



私個人では、このUNIFILの方たちと面識もありませんが、五右衛門の仕事を通して、今回のレバノン攻撃を、結構個人的に感じてしまいました。

100%平和だとはいえないけれど、今の状況になるために、本当の意味で体を張ってきた方たちです。レバノン関係のニュースを見るたびに、この方達のことを思う、今日この頃です。


posted by ニコラ at 04:54 | Comment(4) | TrackBack(0) | ニコラの世界
この記事へのコメント
私も最近ニュースで聞いて驚いています、オランダのかとも沢山仕事柄でかけているのですね、兵隊さんも出かけていた事もあるのですか、此方のニュースでは片方が戦車と空からの攻撃に対して一般の人たちが石を投げているのを見何も無いのに戦争をするのはどうかと思いました、昔私たちもあれと同じような事をしたと思います
早く平和になるといいですね。
Posted by ダルマ at 2006年07月19日 07:09


ダルマさん
このUnifilは、オランダにとっては重要なことだったようで、今日もニュースの特集が組まれていました。
イスラエルとの国境近くには、オランダが出資をした孤児院があるようですが、今のこの攻撃で、子供達の安否の確認も出来ないとか。
状況は70年代に戻ってしまったようで、Unifilに参加をしていた方の中には、「お呼びが掛かれば行く」とおっしゃる方も。とても悲しいことですね。
本当に、1日も早く、イスラエルが攻撃をやめて、平和になって欲しいです。
Posted by ニコラ at 2006年07月21日 03:18


 現在でも戦争のニュースを聞いて私たちの国でも戦った事を思いだしとても嫌な気持ちです。

私たちの国ではニュース去った話すだけですので良くはかりません
主人はとても関心を持ちニュースを聞いています、世界中でどこかで何時も戦争がありますね。いつになったら世界中で平和なときが
来るのでしょうか。
Posted by ダルマ at 2006年07月22日 14:03


ダルマさん
イスラエルの場合、口実を見つけては、人がいなくなるように、攻撃をするというのが、五右衛門の見かたです。人が住まなくなれば、悠然と「占領できる」からと。
オマケに、アメリカはイスラエルを100%援護しているので、イスラエルは何でもできるようですね。(何をしても、つまはじきにあわないし、アメリカに攻撃もされない)
その状況が変わらないと、イスラエルは変わらないでしょうね。

だからパレスチナの人たちや、レバノンの人たちが言っていた事で印象に残ったことは、「自分達は戦争を望んではいない。イスラエルが望んでいるのだ」と言うこと。

それに、ユダヤ人は第二次世界大戦の被害者ですが、ドイツ人がしたこと以上に、醜いことを近隣諸国にしています。被害者が加害者になると、されたこと以上のことをする・・・いいモデルですね。

Posted by ニコラ at 2006年07月23日 03:49


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