2010年09月09日

数年ぶりの再会 (na de jaren)



私が中高生だったころの趣味のひとつが・・・今はインターネットが発達しているから、日本ではやっている人が少ないんじゃないかと思うんですが・・・文通でした。

きっかけは、私が小学校4年のときに、通っていた学校が創立20周年になり、子供たちへのプレゼントとして、各学年が違ったプレゼントを受け取りました。私たちの学年は、丁度来日していた「プラハ少年少女合唱団」(Bambini di Praga・・・なぜかイタリア語の名前がついてます)へのコンサートでした。

私たち生徒は手ぶらで行って、手ぶらで帰ってきたのですが、「学校で行くのなら、素敵な合唱団に違うまい!」と母もチケットを購入してコンサートへ。そして母はプログラムを購入。

そのプログラムに載っていた一人の団員に、中学に入ってからへたくそな英語で手紙を書いたんですよ。そうしたら返事をもらって!!!

そして目覚めてしまったんですね〜。

本屋で立ち読みをして、文通を仲介している団体があることを知って、至る所に手紙を出したんです。(汗)

そして一時は、自分の指だけでは足りないほどになってしまいました。でもそういう状況になると、自然と相手も察知をするのか、だんだんと音信不通になるもんですね〜。(でも一番最初のプラハの人とはずっと続いているんですよ。)

そうして落ち着いたな〜と思っていた高3の春休み。仲良くしていた友達が、「ポーランドから30名ほどの紹介を受けちゃって・・・」と相談を受けました。そうしてその中から5・6名を引き受けることになったんです。

引き受ける・・・っていうと、ちょっと変な表現ですが、私の友達も私も、ポーランドの人をがっくりさせたくなくって、分担することにしたんです。(^^;;

私が受け持ったのは、男性二人・・・うち一人は日本語で手紙を書いたんですが、まぁ〜経済の話題が中心で、直ぐに終わってしまいました(汗)・・・そのほか女の子がのこり。

その中の一人とは波長が合ったようで、大学に行ってからも、仕事をしていても続いていたんです。そして彼女は、オランダ人と結婚をしたんですよ!


それから数年して、私もオランダ人と結婚をして、オランダに住むことになったんです。なんという偶然!(もう奇遇としかいえない!)


その彼女は、私の結婚式での「保証人」になってくれました。

・・・でもその後、お互いに生活が忙しく、だんだんと疎遠になってしまったんです。一番最後に会ったのは、今のこの家に引っ越してきて半年位してからだったと思うんです。でもその後は、彼女のご主人の仕事の状況や、病気もあって、本当に疎遠でした。でもクリスマスカードは送っていたんです。

ところが昨年のクリスマスには、そのクリスマスカードも届かず、おかしいと思っていました。なので4月の彼女のお誕生日に電話をしたら、「もうここには住んでいなくて、連絡先も知らない。メールアドレスだけ知っている」とご主人に言われ唖然としました。

教えてもらったメールアドレスにメールを書いたら、昨年の6月ごろ離婚をしたとか。オランダに住んで15年。滞在許可書を受け取るのに、とっても大変だったんですよね。まだまだ当時は「共産国のポーランド」だったので、結婚詐欺を疑われていたんです。

でも時間が経って、ご主人が病気になったり、解雇されたり・・・と言う状況で、人が変わっていった模様で、離婚を決断したようです。

と言われても、状況が全く分からない自分がいるし、彼女もメールでは伝え切れないことがたくさんあるので、5月の学校の休みのときに、朝早くおきて(土曜日の7時に起きるなんて、いったいどうしたの!?ってこと)彼女の住んでいるところへ行きました。オランダ東部に住んでいるので、電車だけでも1時間40分もかかるんですよ!

そして帰る時間を気にしながら、ガールズトーク。(^^;;
過去5・6年分を、お互いに一気に報告しいあいました。でも足りるわけもなく(爆)・・・、今度は彼女が我が家のちび達(もうチビじゃないけど!)に会いに来ることに!

そうして実現したのが・・・
Alex.jpg

8月のとある土曜日でした。
「おすしを作って、食べてみたい!」というリクエストがあったので、一緒に海苔巻きを作って食べて、子供達が寝てからは、五右衛門と3人で1時過ぎまでマシンガントーク。(^^;;
(五右衛門はこういうときはすごいおしゃべり!)

翌日曜日はゆっくり起きて、一緒に朝食もとって、最後のガールズトークに花を咲かせました〜。

5月に会ったときにも二人で言ったけれど、もうかれこれ25年くらいの友達付き合いの私達。彼女も一人っ子なので、「もう姉妹同然だよね!」ってくらい、気が合うんですよ。(ほとんど会うことがないのに、ふしぎな関係ですよね。)

今度は子供達もつれて、彼女が住んでいるほうに行くことになると思うけど、いつならいけるのか・・・いまからカレンダーとにらめっこです!(^^;;


 
posted by ニコラ at 20:00 | Comment(8) | TrackBack(0) | ニコラの世界
この記事へのコメント
楽しかったでしょう?こういう再会って大感激で嬉しいね。かれこれ25年の付き合いというと、半ば姉妹みたいなものよね。まさかオランダで再会するなんて…ビックリよね。
Posted by エミリア at 2010年09月10日 01:55


ニコラさん、だいぶ前にお母様から以前文通していた方がオランでに結婚をしていると聞いたことがありました。学生時代にずいぶんと文通をしていたことと聞いたことがあります、でも其の方ともう25年も文通を通じてお付き合いをしていたのですか。ニコラさんも一人っ子ですのでとても良い友達でなく姉妹でしょうね、羨ましいです、こらからも仲良くいきますようにねがつています。
Posted by ダルマ at 2010年09月10日 10:23


こういうとき女性は良いですね。
多少の立場の違いなどあっても共通点で一体化できます

それにつけても彼女離婚を選んでも、後悔はないようなお顔ですね!

東洋と西洋の顔立ちのコントラストも興味深く素敵な写真ですね

ちなみに取ったのは五右衛門、さっちゃん、みーちゃん?
Posted by root at 2010年09月13日 19:56


エミリアさん
本当に奇遇ですよね!
環境も良く似ているので、よく分かり合えるんですよ。
Posted by ニコラ at 2010年09月23日 01:37


ダルマさん
10本の指では足りないほどの文通友達がいましたが、今でも付き合いがあるのは二人だけですね。それもほそ〜〜〜〜い糸の付き合いですね。でも切れてはいないので、これからまた太くしていきたいですね。
Posted by ニコラ at 2010年09月23日 01:39


rootさま
まぁ〜基本的に女性のほうがおしゃべりだから、共通点を見つけやすい・・・と言うのもあるのではないでしょうか。(^^;;

こんな彼女ですが、離婚後は4ヶ月ほどポーランドに帰っていたそうです。オランダに戻ってきてからも、まだ精神的には不安定で、振り返ると信じられないことをしていたとか。

この写真はみーちゃんが撮りました〜。
Posted by ニコラ at 2010年09月23日 01:41


お体の調子は 如何ですか?

本当に たまに〜仕事中にニコラさんのブログを読ませて貰っていました。

私は52歳になる母です。
娘が 縁あって オランダで働き出して3年が経ちます。

今はオランダ人のパートナーと一緒に暮らしています。

娘がオランダに行ったのと 同じくらいの時に 京都に姑の問題とかが重なり、体調を崩してしまい・・・
頭で分かっていても 気持ちが付いていけず〜
心がパンクしてしまいました。
それでも、意地? 外面が良いので 何事もないかのように働き、帰るとグッタリ。

年齢的にも更年期かと思い、更年期外来の扉を叩きました。
更年期ではないとの診断で 紹介いただいた脳神経内科に通っています。

主人、妹、友人の支えと苦言を 少しずつ受け入れる気持ちになってきて、
娘の事も受け入れる気持ちにも・・・

久しぶりにブログを見ましたが、まだ閉鎖中。
もう少し お休みが必要なのでしょう。
どうか、無理せず パートナーであるご主人や 娘さん達の理解と支えで 元気になれますように。。。
Posted by chisaosanohaha at 2012年05月25日 16:55


chisaosanohaha さま
今日再開をすることにいたしました。
心の病気は、体の病気と違って目に見えないので、本人は辛いけれど、家族であっても分かってもらえず、大変ですよね。今はいかがお過ごしですか?
体の病気は「体が休めと言っている」のであれば、心の病気も「無理するな!」と言っていると理解して、ご自愛くださいね。
Posted by ニコラ at 2013年04月07日 04:21


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