2006年04月04日

滞在許可証の申請



私がオランダに来たのは、1997年の8月。5月に結婚式は挙げたけれど、6月に出るボーナスを貰うために、なぜか7月末まで仕事をしました。なので、結婚式の後はまた別居状態でした。

しかしその間・・・私は病院にいました。というのも、なぜか帰りの飛行機で発熱し、成田から家に電話をして駅まで迎えに来てもらい、そのまま保険証を持って医者に行く・・・と言うコースをたどったのでした。

しかし近所の内科では、「風邪ですね〜」とのことで、熱さましの注射とブドウ糖の注射か点滴をして帰宅でした。貰った薬を飲んでいても、熱は下がらないし、下腹部に足の付け根も痛くなるので、近所の国立病院にいったところ、「即入院」と婦人科で言われました。

そしてそのまま3週間ほど。その後自宅静養が2週間かな?

その間は、ベットに寝たっきりの時間が多かったので、会社に行くようになっても、たった1時間の通勤時間が地獄のように長かった覚えがあります。とはいえ、フレックスタイムを導入していたので、10時までに出社をすればよく、電車のすいている時間を選んで出社をしたのですが、それでも座れるわけではなく、ドアのところで寄りかかっていた覚えがあります。

出社した10時は、倉庫から物を出す作業のデータ入力をする一番忙しい時間。その作業をしていた方は、テキパキとその作業をこなしてくださっていたので(5月から独り立ちさせられていたので・・・)、私はデータの処理漏れがないか、商品名間違いがないか(よくやったんです、私が・・・)、その辺のチェックを11時までして、そのあとは休みながら引継ぎ。

残っていた有給を使うために、7月20日頃で出社しなくなるので、営業アシスタントとして必要な情報・作業を、漏れることなく引き継がなければいけませんでしたが、引き継いでくださった方は、私なんかより理解度も優れていたし、先を読む力もあって、楽に作業が終わり、無事退社できました。(^^;;

そしてその後五右衛門日本に上陸。

海外旅行は、海軍にサービスしていた時期の北欧にモロッコあたりと、プライベートで行ったイタリアや旧ユーゴスラビアあたりに行った程度だと言っていた五右衛門。飛行機に12時間も乗って、それも乗り継ぎ便だったし(ドイツ系利用でした!)、無事つくか心配したけれど、無事日本につき、体調もかなり良くなった私と、炎天下の日本を満喫したのでした。(毎日やせたかな・・・ってほど歩きました!)

そして8月5日。

オランダ入国。月曜日でした。

そしてその週に、外国人用の警察署に出向き、滞在許可証の申請。(申請するのに、入国からの期間が指定されていました。)

それから暫くして、五右衛門と一緒に、その警察署に呼び出され、インタビュー。提出した書類の裏づけを取るため、また、一緒に生活をしているか・・・なんて点を、会話の中から確認している感じでした。

そして数ヶ月して(といっても、3ヶ月以内だったと思いますが)、初の滞在許可証を手にしました。

外国人が外出をするときには、基本的にはパスポートを所持していないといけませんが、引ったくりや、置き引きなどにあう危険性を考え、この滞在許可証を常時所持すること・・・といわれました。つまり、この滞在許可証がなくなってしまったら、オランダを追い出されてしまう!?・・・かもしれない状況になるんですよね?

その滞在許可証も、最初は1年だけ有効なものを4回貰い、システムが変わった2001年の大混乱の中で、5年有効のものを貰いました。

新しい許可証を申請するのは、有効期限の切れる8週間前・・・と言うのが前提で、その通りに申請しましたが、実際に貰ったのは9月末。8月5日に切れてから、新しい許可証を貰うまでの間は、ハラハラどきどきしながらの外出でした。(^^;;

移民局のほうからは、警察のほうでも、許可証が切れていても、申請中というのは調べれば分かるから、大丈夫です・・・とは言っていたけれど、人によって言うことが違うオランダ。信用できません!!

なので、新しい許可証を手にした時には、ホッとしたのなんの!

それからもう5年が経ち、5月末までにこれからの5年分の申請をしなければいけません。

申請をするならば・・・・


5年以上滞在している人は、無期限の滞在許可証が申請できるうえに、昨年の7月ごろ、その申請料が大幅に安くなりました。

それまでは900ユーロほど掛かっていたようですが、300ユーロ弱にまで値下げされました。

ならば、やっぱり無期限の滞在許可証を申請しよう!

・・・ってことで、その書類を取り寄せ、必要な書類を五右衛門の会社の会計士に作ってもらい、先週の土曜日には写真も撮り、「発送するぞ!」・・・と思ったけれど、書類漏れがないかチェックすると・・・出てきましたよ!

会計士の人が、「この書類のこの部分に、xxを記入して」、とか、「この書類を用意せよ」とか、箇条書きにしてくれていたので、それを元に書類を集めたのですが、彼が見落としていた書類が・・・。

住民票

それも、家族構成の書いてある住民票が必要でした。

それも最初は、「本当に必要??」と不安があったので、五右衛門に確認をしたら、「そう書いてあるよ」ってことで、急遽市役所へ!

「新しい滞在許可証の申請のための住民票をお願いします」

市役所の方も、もう慣れていて、現在の滞在許可証を元に、私のデータを出して、住所や家族構成を確認して、プリントアウトしてくれました。

その住民票を提出書類に入れて、封をして、投函!!!!

今週中か、来週中には、請求書が送られてくるそうです。その支払いが確認されてから、今日送った書類の審査をして、OKであれば、新しい無期限の滞在許可証が市役所に届くそうです。

もしそうなれば、仮に五右衛門が突然姿をくらましたり、離婚をしたとしても、オランダに残ることが出来ます。さもないと、もし死亡したとしても、特定期間を過ぎたら、私だけオランダを離れなければいけないと、聞きました。でもその心配が・・・なくなります。

書類不備・・・がなければ、大丈夫なはずですが、ちょっとまた不安な期間が始まりました。


無事もらえると・・・いいんだけどな〜。

注)無期限の許可証とは言え、5年ごとに指定の書類を提出するようです。



posted by ニコラ at 04:03 | Comment(4) | TrackBack(0) | ニコラの世界
この記事へのコメント
 もうそんな時期になるのですか、早い物ですね
貰えるといいですね。
Posted by ダルマ at 2006年04月04日 08:57


通常は5月に準備をするのですが、今年はちょっと早く2月から準備しました。でも終わったのが昨日です。あぁ〜、長かった・・・。

途中で保険の乗り移りもあったりしたので、余計に大変でした。

いつ貰えるか・・・それは移民局のみぞ知るですが、早く貰いたいです!
Posted by ニコラ at 2006年04月05日 03:13


以前、ドイツでドイツ人と結婚した日本人女性が、ご主人が他界したので、●年経ったら日本に帰らなくちゃいけないの、と言ってました。現在はドイツも大分移民法が改正されたでしょうから、そんな事はないでしょうけれども。
五右衛門さんは日本に長期滞在する希望はないのかしら?

私、先月、日本の車の免許の更新をしましたが、面倒くさくてず〜っと期限ぎりぎりまで、あらゆる理由をつけて先延ばしにしてうだうだしてました(恥)

さて、エーリアン登録といえば(<この呼び方に私は反感があるのですが)、知り合いで面白い韓国人の方がいます。日韓のハーフ。日本生まれで日本育ち、日本の大学を卒業し就職。
お父さまが韓国籍の方で、知人は成人時に国籍取得の際に面倒くさがり放って置いたために、韓国語は全くわからないけど韓国国籍の在日コリアンに。
その方も何年かおきにエーリアン登録をしていますが、一時期手続きに行くのに飽きたのか面倒くさかったのか、「私韓国人だから申請しないと言葉も習慣も全く分からない韓国に飛ばされちゃうんだよね〜。」と言ってました(笑)

Posted by よね at 2006年04月10日 19:01


ドイツも「血統主義」だから、ドイツ国籍を取るのは大変でしたよね。数年前には、法律が改正されたようですが。

日本の免許は、今年里帰りが出来ないと困るので、期限前更新をしてきました。(講習付だったのよ・・・)

昔ツアーで、両親を連れてイタリアとパリに行った時、参加されていた方の中に中国の三世の方がいました。日本で生まれて、日本の学校を出て・・・でも、両親が中国人だから、国籍は中国ってことでした。
その方は必要なビザなどは持っていたにもかかわらず、そのツアーのツアコンさんの準備が悪く、ドイツ系のエアラインで入国・出国をする際に、必ず入管でトラぶっていました。

「本当にこのツアーの参加者ですか?」という英語ですら、そのツアコンさんは理解できず、ご本人が「そうだ」と何度言っても、信じてもらえず、私が助け舟でドイツ語で入管の人と、中国の方との橋渡しをして、何とか切り抜けた・・・という経験があります。

国がなくなれば、こんな問題もなくなるけど、夢物語なんだろうな〜。(^^;;



Posted by ニコラ at 2006年04月11日 04:22


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