晩年はIOCのメンバーとして活躍をし、現在使われている青・白の柔道着も導入させました。
「絶対に諦めない」がモットーで、それを実践していたとのこと。すごい人ですよね〜。
ユトレヒト市内の老人介護施設でのとあるパーティーで・・・当時の五右衛門の仕事環境から、そういう時には引っ張り出されていた・・・ご夫婦での写真を五右衛門が撮ったとか。その写真を「個人的」に送付をして、その写真にサインをいただいたんですよ!
(五右衛門の仕事場は、アントン・ヘーシンク通りと、そこにあるアントン・ヘーシンク道場の直ぐそばなんです!)
その写真を送付するときに、自分の妻が日本出身で、その家族が彼の大ファンだという手紙も添えたんだとかでね〜。(汗)
「嘘だろう・・・」とは思ったかもしれないけれど、それでもちゃんとサインをして、送り返してくださったんです。
そのサイン入りの写真は、もう手元にはなく、実は・・・・・実家に飾ってあります。
両親にとっても大切なものなようで、隠してあるとか数年前に言ってました。
ヘーシンクさんはとても長身で、約2mだとか。五右衛門ですら、少し見上げたといってました。私が横に立ったら・・・屈まれちゃったかもしれませんね〜。(爆)
柔道の世界では日本人以外で初めての優勝者。おまけに東京の地でのオリンピックでの優勝。そしてヨーロッパチャンピオンにも21回輝いたと言うものすごい経歴。
病気だと言うニュースは聞いていなかったのですが、結構突然の死のような気がします。死因についての発表がないのも・・・ちょっと気がかり。
とはいえ、ご冥福をお祈りいたします。
ワタシも柔道経験者ですから尚更です・・・
御冥福をお祈りします。
一時プロレスで日本におられたこともあるそうです。
小於呂からご冥福をお祈り致します 合掌
サインはいよいよ貴重になりましたね
私が撮った写真ではないので、どんな写真だったのか・・・全く記憶にないのが残念です。また里帰りのときにでも、見せてもらうことにします。(^^;;
東京オリンピックの前にあった世界大会で、ヘーシンク氏はやはり優勝したそうですね。それもあって、東京オリンピックでは、「日本のお家芸」での優勝を狙っていたようですが、駄目だったとか。その日の様子を思い返している番組を見ました。
ヘーシンク氏の優勝が決まったときから、日本の関係者はものすごい衝撃に刈られていたとか。それでも、その状況を良い状況に変えたのも、ヘーシンク氏だったと聞きます。
(日本の柔道から、世界の柔道になったよね!ってなことを言ったそうです。)
いろいろな意味でものすごい人だと思います。残念な人を亡くしました。
時差もあるので、瞬時には流せないのでしょうね。
五右衛門の素朴な疑問で、「神永選手はどうしてる?」に答えるために調べたら、1993年にお亡くなりになっているのですね。だんだんと東京オリンピックが、セピア色になり始めている気がします。そういう私は、生まれてなかったんですけどね!(^^;;