2007年06月25日

ユトレヒトのシンボルタワー・・・3

2日間連続で、ユトレヒトのシンボルタワーのドム塔とその教会について投稿しています〜。今日はその3日目!(^^;;

その3日目は・・・ちょっと歴史のお勉強から。

なぜオランダは「オレンジ」をメインカラーとして、応援をしたりするのか・・・ご存知でしょうか!?

昔々の中学生の時の世界史の授業を思い出してください〜〜!!

「オレンジ」が名前についていた人がいましたよね!

そう、「オレンジ公ウィリアム(ヴィレム)」(Willem, Prins van Oranje)です〜〜!!そしてこの人は、オランダの歴史には欠かせない重要な人です。

一体どんな人だったかというと、日本ではオランダの初代国王と習ったと思うんですが、オランダでは違う捕らえ方をしているようなんですよ。この方生涯「プリンス」でいらしたんです。一度も国王の称号は持ったことがないんです。

でも業績はすごい!あのスペインのフィリペ2世に立ち向かい、80年にわたる独立戦争を始めた方。

ヴィレムはドイツ中西部に位置するナッサウのディレンブルクで、ナッサウ=ディレンブルク伯ヴィルヘルムの長男として生まれた。1544年、11歳の時に従兄のルネ・ド・シャロンが戦死したため、ルネが父(ヴィルヘルムの兄)ナッサウ=ブレダ伯ヘンドリック3世から相続していたネーデルラントの所領と、母方の叔父フィリベール・ド・シャロンから相続していた南フランスのオランジュ(オランダ語でオラニエ)公国をともに相続して、オラニエ公ヴィレム1世となる。以後ヴィレムの家系はオラニエ=ナッサウ家と呼ばれる
(なので、現在の王室はオラニエーナッサウ家です〜)
===Wikiより===

そして彼は5人兄弟で、直ぐ下の弟・・・ヤンが、ユトレヒトにいるんです!

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posted by ニコラ at 21:41 | Comment(12) | TrackBack(0) | ユトレヒト散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユトレヒトのシンボルタワー・・・2

昨日はユトレヒトのドム塔とドム教会のことを少し・・・投稿しました。今日はその続きです〜。

昨日の投稿で、塔と教会は合体していたけれど、竜巻により分離してしまったと書きました。その証拠として、教会と塔の間にある広場には、柱とその壁のあとが、黒い石にて残されていることも。

そして土曜日に、その後のそばを歩いていて発見したもう一つの証拠品。いや〜、びっくりしましたよ!

「移動させたほうが良いんじゃないの!?」って思うんだけれど、移動させてないんですね〜。これが私のだったら・・・嫌だなって思うものです。

何か想像がつきますか!?

先ずその答えの前に・・・教会の中にあるものを思い出してみましょうね!


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posted by ニコラ at 00:30 | Comment(4) | TrackBack(0) | ユトレヒト散策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする